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烏竹軒(夢龍室)

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烏竹軒(オジュコン)は、元々崔應賢(チェウンヒョン)の家だったが、2番目の婿、龍仁(ヨンイン)の李思溫(イサンオン)に相続され、李思溫(イサンオン)は、一人娘である龍仁(ヨンイン)李氏に継がせた。
龍仁(ヨンイン)李氏は5人の娘がおり、財産を譲るとき外孫である栗谷李珥(ユルコクイイ)には、祖先の祭祀を奉じる条件で、ソウル壽進坊(スジンバン)の瓦屋と田畑を与え、權處均(ゴンチョギュン)には、墓地を守る条件として、烏竹軒(オジュコン)瓦屋と田畑を与えた。このため、現在まで申命和(シンミョンファ)、權和(コンファ)の墓所が權氏の先山に存在している。
祖母から家を受け継いだ權處均(コンチョギュン)は、家の周りに黒い竹が生い茂るのを見て、自分の号を烏竹軒(オジュコン)としたが、これが後に家の名前になった。烏竹軒(オジュコン)は、朝鮮前期、民家の別堂(ビョルダン)に該当する建築物である。
正面3間、側面2間の平の建物で、4間の大廳(デチョン)と2間の部屋の床でできている。大廳(デチョン)は、ウムルマル(井戸模様の床)を敷いて、天井はゴミバンザ(天井を露出する工法)を置き、三面は窓戶を設けた。
柱心包(梁)と類似の二翼工系の形式を示しており、柱心包家から、翼工式家に移り変わる過程を示している。
朝鮮前期の住宅を知る資料として、最適な姿を見せる構造的な価値に加え、ここの夢龍室(モンリョンシル)で、栗谷李珥(ユルコクイイ)が生まれ、もっとも歴史的な場所となった。
1963年1月21日、宝物第165号に指定された。
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